第181回 理想の音と自分の音

新年明けましておめでとうございます。
トロンボーン奏者でアレクサンダーテクニーク教師のかたさんです。

本年もよろしくお願いします。

【小堀勇介さん】

この方の名前をご存知でしょうか?
私は、つい先日まで知りませんでした。
テノール歌手で、2019年の日本音楽コンクールで1位を取られた33歳の方です。

〈テノール歌手 小堀勇介さん〉

このコンクールの模様が、2日にテレビで放送されていました。
何となく見ていたのですが、この人がこれまでの自分の音楽人生における変化について話していた時、自分のことと重なりとても感銘を受けたのでそれを書きます。

【理想の声と自分の声】

小堀さんは、国立音大を卒業後、歌手として様々なコンクールや演奏活動をしてきました。
そんな中で、喉を傷めたり故障することが多々あったそうです。

ヴェルディなどが好きでよく歌っていたそうですが、その度に喉を傷め、声を出すのに辛い事が多かったそうです。

そんな小堀さんに転機が訪れます。
イタリアの歌手、ベルトッキさんという方のレッスンを受けた時のことでした。「君の声は、テノール・レッジェーロに向いている」
そう言われたそうです。

ヴェルディに比べると、ロッシーニやドニゼッティなど、どちらかというと軽い音楽の部類の歌い方です。
そういう軽快に歌う声の持ち主だと言われたんですね。

こういわれた時の気持ちは、みなさんならどうでしょう?
重厚な音楽が好きなのに、正反対の音楽の方が向いていると言われて、納得できるでしょうか?

これはなかなか難しいですよね。
自分の好きな音楽と自分の身体に合った音楽との違い、どちらを取るかと選択を迫られたようなもんです。

小堀さんは、テノール・レッジェーロの方を選びます。
すると、それまであった声の不調や喉の故障もなくなり、歌いやすくなったそうです。
その結果、彼は日本音楽コンクールで一等賞を取るまでになりました。

【先生の音と自分の音】

私は中学でトロンボーンを始めて、高校2年の時に初めて先生という人についてレッスンを受けました。
その先生は元名古屋フィル首席の藤澤伸行先生ですが、先生の音は本当にきれいな音で、その時から先生の音に魅了されずっと理想の音でした。

柔らかく艶があり、ふくよかだけど明るく、優しい女性的な音です。
現在でもその音は健在で、一緒にやっているトロンボーンエンジェルスでは毎回その素晴らしい音でソロ曲を演奏しています。

私もその音をめざしで日々練習してきたのですが、残念ながら私は先生ではなかったのです。
だから先生の音は、理想であって出すことは叶わない別の人間なのです。
それなのに、私は無理をしていたのですね、結局音が出なくなりました。

これは先生が悪いわけではありません。
先生は、個々の個性を大切にする人です。
だから、生徒たちみんな楽器のメーカーも違いますし、スタイルも様々でした。

そんな先生の元に居ながら、私は自分の個性よりも理想を追いかけすぎてしまっていたのでしょう。
これは私のミスなのです。

宮本武蔵が弟子を取らず、自身の二天一流を後世に伝えなかったのには理由があります。
武蔵は大男だったのです。
当時の人に、武蔵程の大男はそういなかったのです。
師の技を継承するのに、師と同じ体型をしていた方が容易に技を受け継ぐことができるのは自明の理です。
私と先生は体格こそ似ていますが体型は同じではありません。
剣とは違い、顔も演奏には大きく影響します。
そして、私と先生は全く顔が違います。
体型も顔も違えば、筋肉の付き方が違ってくるのは当然、同じ音など出ないのです。
そこに人生の経験が加われば、それは先生だけの固有の音なのです。

やがてアレクサンダーテクニークを学びだし、それが自分の音を気づくきっかけになりました。
皮肉なことに、アレクサンダーテクニークを学ぶことで師匠の教えである個性、自分の個性を出すことを知ったのです。

先生の音が柔らかくふくよかで、音質としては太いけど明るいという音色に対して、私の音は硬質で細め、パーンッと鳴るようなあっけらかんとした明るさを持っています。
音のポイントが非常に狭く、そこに向かって音を当てるように吹く事で芯と輪郭がはっきりとする奏法なので、私はBach(アメリカの楽器メーカー)は不向きな奏者です。
なので、その奏法で音を出すドイツ管が、私には身体に合っています。
ちなみに先生はBachユーザーです。

【みんな違ってみんないい】

こんなタイトルの歌やフレーズありましたね。
でも、まさにそれです。

そもそも、私と先生とはタイプが違っていたのですね。
今でも、先生の音は理想ではあります。
でも自分は先生ではありません。
先生役は先生がすでにしています。
私は片山直樹という役を一生演じるのです。
そして、他の誰も私を演ずることはできません。

他にやりたい役はあるだろうけど、片山直樹であることが全ての基本です。
それが自分でいられると言うことでしょう。

プロ野球のピッチャーはよく言います。
「自分に合った投球」と。
理想よりも自分に合ったものを選ぶのが優先で、おそらくそれが真の理想なのですね。
音楽はその点、趣味趣向的要素が強い分、なかなか割り切るのは難しいでしょう。

でも演奏は音だけではありません。
何と言っても、最優先は音楽でしょう。
音色なんて違っていても、音楽の方向が一緒であれば音楽はそろってきます。

かつて先生は言いました。
「音色を合わせるとはよく言うが、個性のない同じ音を並べて何が面白い。そんなのいい音と言えるか!個性的な音が混ざった瞬間の素晴らしさとは比べ物にならん」

これを聞くと、ただ楽器メーカーをそろえる事だけが音を合わせる事とは、決して言えないですね。

自分だけの音を探求しましょう。
それがステキな音なのです。

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