第183回 生徒の反応から分かった心の闇

トロンボーン奏者でアレクサンダーテクニーク教師のかたさんです。
今日は生徒さんのお話ですが、この生徒さんの反応が気になったので書いてみました。
それには、心の深いところでの問題がありそうでした。

【無意識に起こる反応の種類】

アレクサンダーテクニーク教師は手を使います。
私がアレクサンダーテクニークを学んだBodyChanceでは、手をあまり使わない人が増えてきていると聞いています。
しかし、私はアレクサンダーテクニーク教師の手は重要だと思っているので、積極的に使うようにしているし、使うからにはその使い方に責任があると思っているので研究も日々行っています。
それこそ、お皿を洗う時にさえスポンジを持つ時、そこにかける洗剤のボトルを持つ時、ボトルをスポンジに傾ける時の腕の使い方など、日常の動きの中で使う手と触れるすべてのものとのコネクトを意識しています。

その手を使ってレッスンするのですが、最近私のところに通いだしたこの生徒さんは、手を触れた時の反応がちょっと他の人とは違っていました。

私が触れる手の意味がわからないのであれば、それは私の問題ですし、そもそも生徒さんの身体は動かないはずです。

ですがその生徒さんは、動き出すのです。
私が手を使うことで何らかの動きの示唆をしていると言うのはわかるのでしょう、その予想の元勝手に動き出すのです。

その度に「おっとっとっと」と言いながら、また新たに手を使い出すのですが、やはり勝手に動き出します。

これは、明らかに私の手に反応しています。
ただし、その反応は反射的反応でした。
私の手の使い方の良し悪しというより、触れると即座に動き出すのです。
何に対して反射的に反応しているのでしょう。

そこには、意外なほど深い部分での心の問題がありました。

【反射的に起こる無意識の心の反応】

この生徒さんには、手を触れながら「私の手とコミュニケーションとってみてください」と何度か言いました。
しかし、手と会話すると言うよりも、まるで私が「こっちへ動くと良い」と言う所に動こうとしているようでした。

そう、この生徒さんは、私が動いてほしいと思っているであろう場所に無意識に動こうとにしていたのです。

私がレッスンで手を使い身体の場所や位置を示すことはありません。
示すとすれば、それは手を使い生徒さんとのコミュニケーションを取る意識であり、頭や身体の位置を伝えているわけではありません。

タッチの後のこの生徒さんの動きは、私の手が触れることの意味に慮って動いているようでした。
簡単にいうと、私に気を使っているようでした。

【先生の望む答えを言う】

「なんて言うのかな、まるで『こう動くといいのかしら?』って、動きの予想をしてから動いているようですよ」

この生徒さんがしたい事をするというより、私が望む答えを探して身体で答えているのです。
まるで、相手に気に入られようとしているように。

無意識にこうなってしまうことについて、私はこの生徒の心の奥にあることに懸念を感じたので、少し話を聞きました。
すると、それは見事に私の予想通りでした。

この生徒さんには長年教えてもらっていた先生がいたのですが、その先生の生徒に対する色々な圧力が原因でこうなってしまったようです。
とにかく、常に先生の機嫌を損ねないようにする意識が働いて、やがてそれが先生の望む答えを言う事に繋がっていき、そしてそれが無意識に行われるようになっていったようです。

私が手を触れた時、その手の意味を考えるよりも先に、

・手を触れたということは何か問題があるに違いない
→だからどこかに動く必要がある
→それはたぶんこっちの方

という様に、頭と脊椎の関係とか身体が動きやすい方へ行く、などと言うこととは関係なく「片山先生が手を触れたから動く」という無意識の反応で動いていたのです。

もう、これは殆どトラウマです。
この生徒さんの心の奥底には、その先生に対する恐怖心や被征服感が根強く残っており、それはその先生ではない私にさえも勝手に働いてしまう程の気の使い方になっていました。

しかもその気の使い方は、決して周りの雰囲気を良くしたり、いわゆる気が利くというものではなく、言い方悪いですがゴマすりやおべっか使い、ご機嫌取りの気の使い方でした。

とてもかわいそうでした。
どことなくこの生徒さんから感じる暗さは、ここに起因しているのではないかと思いました。
明るくふるまっているように見えても、その明るさはご機嫌取りのための笑顔で、真に心から楽しんだり笑ったりしていないのではないかと思えてしまいました。
むしろそう考えると、この笑顔は心の闇を隠すヴェールに過ぎないのではないでしょうか。
そこに自分は存在しません。
自分を見失っているのです。

【指導者の責任】

この様な生徒を作る必要性は、まったくありません。
この生徒さんには、カウンセリングを受ける事をお勧めしました。
それほどの状態だと私には思えたからです。
幸いなことにこの生徒は、私のところに通いたいと言ってくれています。
私は、楽器演奏で苦しむ人を見るのが辛い。
そういう人がまた音楽を楽しめる、そのお手伝いをする教師が私です。

この生徒さんは、自分であり続ける事が困難な状態です。
パワハラやモラハラの結果生まれるトラウマは、その人の人格形成に異常をきたします。
指導をする立場の人は、その責任を負う必要があるのです。

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