第190回 不安の先取り

トロンボーン奏者でアレクサンダーテクニーク教師のかたさんです。

同様のタイトルで昔ブログを書きましたが、この昨今、これを強く感じます。
そのブログがこちら。
『第24回 不安の先取りほど無駄なものはない』
https://ameblo.jp/ni2ko5ni2ko/entry-12250056625.html

【不安を感じる時】

現在、新型コロナウィルスの影響で、世界中が混乱状態にあります。
それは、未知の病気のため特効薬がない事、それが蔓延する事、蔓延防止の為に打ち出された様々な対策による生活への影響などによる、実質的そして精神的な混乱です。

我々フリーランスの演奏家たちは様々なコンサートが中止となり、「かつてない超大型連休」などとこの状況を揶揄しながら話しています。

揶揄しながらとは言え、心の中は病気の感染や生活も含め様々な不安が渦巻いています。
この不安のせいで、マスクや消毒除菌商品が売れてしまい、今や手に入らない状況です。
また、病気とは直接関係ないティッシュペーパーやトイレットペーパー、紙おむつやお米まで店頭から買占めにより消える始末。

元は病気によるものですが、それにより生み出された人々の心の不安が、これらの行動の全ての原因です。

そして人々が不安を感じる時は、過去に合った恐怖などの体験と照らし合わし、今は起きていないが今後起きてしまったらどうしようというまだ見ぬ未来を想像した時です。

この不安による人間の行動は、大昔からあったのです。

【不安の先取り】

人は、先が見えなくなると怖くなります。
障害物が何もないと知っていても、真っ暗な廊下を歩くのは勇気が要ります。
「ひょっとして足元に何かあるかも」と勝手に想像してしまうからです。
それと同じです。
先が見えないのは、視覚的にも将来的にも怖いものです。

そして恐怖を感じた時、心にはそれを想像して不安が生まれます。
私はこれを「不安の先取り」と呼んでいます。

人々は不安を感じると、何かに頼りたくなります。
安心を求めるのです。
それが今回はマスクであり、トイレットペーパーであり、コンサート中止なのです。

確かに、イベントや卒業式中止は、実際の蔓延を防ぐのに効果はあるかもしれません。
しかしトイレットペーパー買占めは、まったくそれとは異なる意味で、まさに人々の心の不安を満たすものです。

不安の先取りが、これらの行動を起こすのです。

【太古から続く人間の本能】

「オイルショックの教訓が生かされていない」とよく言われます。
私は第一次オイルショックを経験していませんが、確かにそれはその通りだと思います。

私の娘はかつて血液の病気で入院していました。
血液そのものが作られなくなる難病で、白血球も当然ですが数値が低いです。
そのため、感染症を防ぐためペットボトルの飲料水が必需品でした。
しかし、入院直前にあった東日本大震災のため、日本中で飲料水買占めが起こり、その時本当に必要な娘に買うことができなかったのです。

先日も両腕にいくつもトイレットペーパーを抱えている人を近所のスーパーで見ましたが、正直浅ましいと思いました。

なぜ人類はこういうことを繰り返すのでしょう。
傍から見れば馬鹿げていると思われるこういう行為、引いた目で見ればそう思えるはずです。
切羽詰まった、生きていく上でどうしても今しなければならないと言う状況ではないにもかかわらずです。

こういった行為を生むのが「不安」なのです。

私が思うに、この不安や恐怖は、人類にとって生きていく上で必要なことなのでしょう。
他の動物にも恐怖はあると思いますが、不安を感じるかどうかはわかりません。
ひょっとしたら人類が持つ特有のことなのかもしれません。

この手のことは大昔からあり、人々の不安は時としてすごいエネルギーを持って爆発します。
日本では特に風流踊りに現れ、戦国期の「伊勢踊り」、江戸末期の「ええじゃないか」、昭和初期の「東京音頭」などがそれで、この三つだけでも人々の心の中にある、これから起こるであろう世の中の混乱についての不安が爆発した現れだといわれています。

現代の日本では、それが破壊行為としては現れず、買い占めなどの方向に向いているのでしょう。
オイルショックだけでなく、昔から人々にはこの手の不安の爆発や行動があったのです。

【不安を感じたら】

人前に立って演奏する本番、苦手な音を出す、一度失敗した曲をするなど、不安は常に付きまといます。
それを思い出したりして不安に駆られ、そこばかりに意識がいけば、当然良い演奏をする自信が失われます。

この手の話はたくさんブログで書いてきました。
そして今日のコロナウィルスによる買い占めなどの恐慌は、これから起きる事に対しての不安から起きているといえます。

これが不安の先取りです。
やがて起きるかもしれない場面を想像し、早々に恐れたり不安になる事です。

トイレットペーパーのことなどは、まったくのデマだったと言うことが公言され証明されていても、不安はそんな事実よりも強いのです。

先ほど書きましたが、不安が人類が生きていく上で必要なことだとしたら、これは本能的なものでると言えます。
そういうことであるならば、不安を先取るのも本能的に起こる必要なことなのでしょう。
本能は、ほとんど無意識に出てくることなので、これに抗うのは難しい事です。

ならば、それに対して唯一することができるのは、無意識に起こる反応に対し意識的に行う事でしょう。

アレクサンダーテクニークが、身体の使い方だけではなく練習の仕方や緊張など考えや心の問題に対しても役に立つのは、不安のように勝手やにやって来る感情による体や心の反応に対して意識的に取り組むことができるからです。

不安や恐怖を感じた時に起こる首や身体、思考の固まりを意識的に取り除くことができれば、最善最良とまで言わずともより良い考えが出てくるでしょう。
自らを冷静に見る事ができるので、不安や恐怖に駆られた行動はなくすことができると思います。

時事問題を取り上げる事はあまりないのですが、最近の世の中の流れに対し、ちょいと思うことがあったので書いてみました。
演奏や練習にも大いに通じるものがあると思います。

「第190回 不安の先取り」への1件の返信

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です