第267回 人に教える・伝える

トロンボーン奏者でアレクサンダーテクニーク教師のかたさんです。

最近、新規の生徒さん何名かのレッスンをしていて思うこと。

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江戸時代の佐賀鍋島藩の奇書で、有名な「葉隠」。
それをモチーフにした隆慶一郎氏の「死ぬことと見つけたり」の登場人物である中野求馬の夢は、出世することでした。
人に取り入り、コネを使い、周りからは蛇蝎のごとく嫌われてもがむしゃらに出世し、殿様に耳の痛い意見ばかり言って、ついには殿様から死を賜ること、これが求馬の夢であり、かれの武士道だったのです。 

当時、殿様に意見できる人物は限られています。
その立場になるために彼は邁進し、ついには筆頭家老にまで上がり、そして見事殿様のために腹を切ることになるのです。 
信じられない頭の中ですが、戦のなくなった江戸時代の武士としての死の価値観は、こういう方向に向いていたのですね。 

そんな彼が近習筆頭になった時のこと。
これにより彼には部下ができたわけですが、皆が皆動けるわけではありません。
中には言い訳をして動かなかったり、逆に邪魔になるようなことをする者もいます。
いっそ自分が動いた方が早いのでそうしようと思ったところ、上司にこっぴどく叱られたそうです。
その叱られ方が「楽をするな」だそうです。
ここで求馬は、部下を使うことが仕事であると知ったわけですね。

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人に物事を伝えたり教えたりする時、その伝え方教え方は状況によって様々です。

セオリー的なもので済む場合もあれば、視点を変えて伝えることも、また言葉を選び口調を変える必要もあります。
「言った」ではなく「伝わった」が大切です。 
また、伝わったとしても人は忘れることもあります。
それを思い出させたり、上手く頭の中から引き出すことも教える側の重要なスキルです。 

アレクサンダーテクニーク教師になるための学びは、自身の使い方から教え方にまで幅広く、特に上位段階に入ってからはこの「教える」ことがメインとなります。 
「教える」とは相手に「伝える」ことでもあり、相手が理解し自身で使えるようになるまで「見守る」ことでもあります。
そこには、生徒ができないことを「許す」のではなく、そういうものであると「認める」という器が必要です。

 「許す」は、悪いことやダメなことを「許す」わけですから、この段階で❝悪い❞や❝ダメ❞が価値観に入っています。これでは、教師自ら生徒の出来を限定していることになります。

「許す」のは生徒自身が自分に対して思うことであって、教師が生徒の出来に対して思うことではありません。 
ですが認めてあげれば、それは一つの存在になります。
生徒がミスと思えるものでさえ、一つの個性となるのです。
これを生徒に伝えることも「教える」ことです。 

また、求馬ではないですが、「自分がやった方が早い」「自分なら何も問題なくできる」ことでも生徒や部下はそうではありません。
そして、それは出来ない生徒の問題ではなく、出来るように伝えられない教師側の問題です。 

さらに、生徒は 必ず できるようになるとは限りません。
これも教える中で思考の範疇に入れておかなければならないことです。

この場合、それをどのように生徒に認めさせるか、また代替的な何かでカバーやフォローするか。
これも「教える」ことであり、こういう代替的なものは生徒の性格や人間性、育った環境、受け取る感受性や理解力、認識力、心理的なものや精神状態、言葉や思考のクセ、心理、趣味や興味対象とその方向性などの他に、タイミングや期間など様々なことまで含めて生徒と接する必要があり、それらを観察するスキルも必要です。

アレクサンダーテクニークが様々なことに使えると言われる所以は、自身の身体や心の使い方だけではなく、観察と言うものを通して人との接し方にも大きく役立つからです。

それを使ってレッスンをしています。

最近のレッスンは、人との接し方において少し以前と変わってきたかなと感じており、より生徒さんへの対応が細分化してきたようです。

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